6
お前は恥じらいを知った耳
だから恥じらうものを見ると そこから逃れ去るのだ
そんなに遠くまで走り去らなくてもいい
もう誰もお前を追いかけはしない しかもお前の走りは余りにも速い
お前の目は 十字架にかけられたキリストを見て 馬鹿笑いした あのクンドリーの眼だ
お前は恥ずかしさの感情に 一度殺されたもの
お前は逃亡者 走り去るもの
月面にゆくためにワニをだました
お前は地球が崩壊した後の 月について知っている 唯一なるもの
お前は真っ白に生まれ 真っ赤に死に 桃色になってよみがえる
お前は耳なのだ ミイラなのだ ミワなのだ ミキコなのだ エミなのだ
おお、畑の中の野うさぎ さらに月を温めよう
もう、地球には戻らない
生も死もなくなった 三次元界は消滅する
ウサギ、ウサギ
お前は二次元世界の草原で ダンス
走る魂を殺し そしてまた魂を産め
お前の血は 宇宙の隅々にまで 飛び散った
5
まんげつのよる
げつめんに おおぜいのうさぎが いじゅうした
つきはみらいのちきゅう
つきのうらから たくさんのわにが やってきた
つきはみらいのちきゅう
せんそうが おきた
うさぎのがんきゅうが ひきさかれた
あまのがわに うさぎのち とびちった
4「夏の記憶」
朝
目覚めると
おおきな夏の青空が
リウマチで歪んだ
わたしの カラダの内側に
するりと入り
七〇年前の夏の朝が
今日の朝と重なる
幼い目に映った
あの青空
顔より大きく切った くし形のスイカ
甘い香りが あたりに漂い
小さな口もとから
赤い果汁が
溢れ出る
洗濯したての 白い
木綿のワンピースの胸元が
真っ赤に染まる
容赦なく
照りつける
真夏の太陽の光は
夢中でスイカに食らいつく
穢れを知らない子どもらの皮膚を
じりじりと 焼く
ひまわりの黄色い花弁に目が眩み
ミツバチが ぶんぶん唸る
スイカの種飛ばし
「一番遠くに飛ばしたのは だあ~れ?」
明るい声が
遥か彼方に 木霊する
無限の時間の凝固
畑の中の
野うさぎの滑走
一匹のトカゲが
焼けた石の上を
過った
未来から 記憶の風がふいてくる
3
かいすいの しおみずで ぜんしんを あらえ あらえ あらえ
いたみが なおる なおる なおる
ひにあぶられたよう
ひ りひり ひり ひり ひ りひり ひり ひり
2
むこうぎしに わたるため わたるため
うみに わにを ならばせた
うみに わにを ならばせた
そのうえを とんで むこうぎしに いった むこうぎしに いった
あとで わにに かわを むかれた
む か れ た
1
数日前、新聞で死刑囚永田洋子さんが獄中で病死したとの記事を目にした
こころのどこかが哀しく、また「そうだったの」とどこかが軽くなった
親戚でも友達でもない私が、凄惨なリンチ殺人の犯人を「洋子サン」と親しげに呼んでしまうのは
同じ時に生まれた二人の女の子
ある時から一方は死刑囚となり
もう一方は結婚して母親となり
同じ時間を同じ空気を吸って生きてきた
カラダとは、余計な存在であると知れ!
この宇宙を、頭の中に封じ込めることができない!
私は生きている 宇宙の中心に身投げしたい!
洋子サンが、一九七二年二月群馬県の山岳アジトで逮捕されてから、
死刑囚となり、留置所の独房の中で病死する今年の二月五日までの四十年間を、
何を思い、何を見つめ、どのように生きてきたのか
極限状態
権力欲
男女問題
性格
嫉妬
いじめ
弱さ
胎児
足の裏の氷
アイスピック
穴を掘る
闇・・・・
作中使用テキスト
芸劇dance ポスト舞踏公演
『畑の中の野うさぎの滑走
一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』
振付・演出・構成・出演:笠井 叡
出演:KAi MiWA、川村美紀子、小倉 笑
2024年9月6日(金)~9月8日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト